フーデリ配達の仕事は単純におもしろい! 恥ずかしいなんて思ったことは一度もありません
この仕事をやりはじめて痛感するのは単純にこの仕事が「おもしろい!」ということです。
でも、それを人に説明し、なおかつそれを分かってもらうのは非常にむずかしい。
やってない人から見れば、「なんだよ。結局やってることは《出前》といっしょでしょ」という話になる。
よくウーバー配達員を「底辺」と言ったりしてバカにするところから見ても、この仕事は世間からは決して『おもしろい仕事』とは認知されてないようだ。
ところがどっこい!
実際にやってみると、これがとてつもなくおもしろいのです。
僕はこれまでの人生のなかでさまざまな仕事に携わってきました。
営業マンとしてバリバリ働いてたときもあるし、学生時代もひっくるめてアルバイトの経験もたくさんあります。
そして、これだけは言えます。
フーデリの配達の仕事ほどおもしろいものはありません!
「仕事に行きたくない」とか「仕事に行くのが憂鬱だ」と思ったことは一度もありません。
むしろ、「行きたい!」「早く稼働したい!」と思うことの方が多い。
それはまるでゲームを開始する前みたいな感じです。
「よーし、今日のスプラトゥーン、最高得点目指すぞ!」といった感覚に近いかもしれない。
『ギグワーク』と呼ばれる画期的な働き方。
本当に素晴らしいと思います。
働く時間を自分でコントロールできるのも素晴らしいし、いろんなお店や家を訪問できるのもワクワクする。
その他、いろんなメリットがいっぱい!
ただ、歯痒いのが「それを人にうまく説明し、理解してもらう」ということが非常にむずかしいこと。
人によっては僕がいくら熱く語ったとしても、「なに結局、出前でしょ」「底辺の仕事でしょ」と言われておしまいだと思います。
それはそれで仕方ないと僕は思っています。
別に人から笑われても僕は全然構わない。
なぜなら、僕自身はこの仕事を「恥ずかしい」と思ったことなんて一度もないからです。
50歳になろうかというおっさんが大きな配達用バッグを背負って自転車を漕いでる姿は人によっては「滑稽だ」「恥ずかしい」と思うかもしれません。
でも、やってる本人は心の底から楽しんでるのです。
そして、奥さんや子供たちも僕のやってることを理解してくれています。
それのどこが恥ずかしいでしょう?
それに、僕の場合はこのフーデリの配達の仕事を専業でやってるわけじゃないのです。
本業は会社役員として役員報酬をもらっている身。
これは副業としてやっているのです。
役員報酬だけで十分に普通の暮らしができています。
このフーデリ配達の仕事は「おもしろいから」やっているのです。
「おもしろいし、ついでにお金がもらえるから」やっているのです。
そこで得られた報酬で僕は積極的に株式という《資産》を購入しています。
日々の僕の株式投資の記録はこのブログでも随時UPしていますので、詳しい内容はそちらをご覧いただきたい。
その株式からは配当金が定期的に入ってきます。
いわば、それは不労所得です。
その不労所得の原資は僕が汗水垂らして稼いだフーデリの配達です。
その勤労所得は《心の底から楽しんで》得られたものです。
ため息をつきながら、憂鬱な気持ちで働いて得られたものではないのです。
こんな素晴らしいことってありますでしょうか?
だから僕は自分のやってることを「恥ずかしい」なんて思ったことは一度もありません。
むしろ、このフーデリの配達の仕事をはじめ、そこで得られた報酬が株式という資産に置き換わり、配当金という不労所得を得る・・・この仕組みを発見した自分を誇らしく思っています。
この仕事をはじめて以来、僕は自分のことが好きになりました。
「お前、結構やるじゃんか!」「見直したぜ!」と言ってる自分が僕の中にいます。
うまく言えないけれど・・
フーデリの仕事のココが素晴らしい!
- ゲームをクリアしてゆくような感覚
- 履歴書を書いたりする必要もないし、面接もない
- 自由にオンライン/オフラインができる
- 実績を上げるまでがラク(路上に出たらすぐに鳴る)
- いろいろなお店に入れてワクワクする
- いろいろな家やマンションに入れてワクワクする
- 外に出て、気持ちがいい
- ダイエットになる
- 社会に参加している(労働者の一因)
- 人から感謝される
- 子供たちから「がんばれ〜!」と言われる
- 野良猫たちに会える
- 旅行者や修学旅行生などから道を聞かれる
- 道に詳しくなる
- 交通ルールに詳しくなる
- 自分に誇りが持てるようになる
- 家族や親戚から一目置かれる
- 「底辺層だ」と思わせて実は違うという優越感に浸れる